こんにちは。キノコ社長です。東京で貿易とWebメディアの会社を経営しています。
「ああ…あの人カッコいいな。あのコかわいいな。アイツ頭良くていいな。彼女お金持ちで羨ましいな…」
自分と他人を比べることに意味はないと分かっていながらも、どうしても比べてしまうのが人間ってものですよね。
でもあなたが嫉妬している「あの人」もきっと虚しさや苦悩を抱えて生きていると思うんですよね。
今日はそんなお話です。
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村上春樹氏の「回転木馬のデッド・ヒート」を読みながら「虚しさ」について思いを馳せる
僕のファン(いるのか?)はご存知の通り、僕は村上春樹氏が大好きでほぼ全ての小説を読んでいます。
彼の短編集「回転木馬のデッド・ヒート」の中に入っている「プールサイド」という小説があります。この主人公がまさに「すべてを手に入れた男」なんですよ。それでも虚しさから逃れられない。
彼は求め、求めたものの多くを手に入れた。努力もしたが、運もよかった。彼はやりがいのある仕事と高い年収と幸せな家庭と若い恋人と頑丈な体と緑色のMGとクラシック・レコードのコレクションを持っていた。これ以上の何を求めればいいのか、彼にはわからなかった。
回転木馬のデッド・ヒートは1985年の作品なんですが、この主人公を今風の表現で言えば「リア充」です。そんなリア充でも逃れられない虚しさを感じていると。
金も地位もあり、愛する家族もあり、おまけに綺麗な愛人までいる。それでも虚しい。というか逆に目標としていたものを手に入れてしまったからこそ、その先に何も見えなくなってしまって辛い。みたいな。
もちろん贅沢な悩みではあるんですが、本人は真剣ですからね。小説の中だけでなく現実世界でも「どう考えても完璧な人生やん!」とツッコミたくなるセレブがこぞって薬物中毒になったり自殺したりしますもんね。
「あのカバン欲しいな~」とか言ってるくらいが一番幸せ
今は世界のほとんどの国が資本主義ですから、みんなこぞって豊かになろうとしていますよね。その中でも特に日本は「金持ち=偉い=幸せ」みたいな価値観があります。無宗教であることに加えて、敗戦で天皇制が実質上崩壊したことから「信じられるものは金だけだ!」みたいな風潮になってしまったことが主な要因でしょう。
僕は与沢翼なみの金持ちではありませんが、20代はそれなりに仕事にフルコミットして31歳で起業したので、ぶっちゃけ同世代よりは稼いでいます。(あくまで今のところは)
なぜ稼ごうと思ったのか?といえばまあ色々ありますよね。
酒・女・ロックンロール etc…
僕も例に漏れず、物質的な充足感を求めて頑張っていたわけです。でもそれなりに買えるようになってくると、別に高いもの買ってもそんなに大したことねえなあって思うんですよね。
だって吉野家の牛丼や金麦やユニクロや地方の賃貸やレンタカーで十分じゃないですか?
フランス料理やロマネコンティやシャネルや麻布のマンションやフェラーリを買ったら幸福度は100倍になりますか?ならないことはセレブが自殺しまくっていることから容易に分かります。
帰り道に高島屋とかルミネに寄って「あのカバン欲しいな~」とか言ってるくらいが一番いいんですよ。手に入れたらそれで終わりです。金で買えるものなんて。
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まとめ
「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」
と村上春樹氏は名著「風の歌を聴け」で言っていますが、僕は
「完璧な人生などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」
と言いたいなと。いやパクリだけど。
人生長いようで短いようでやっぱり長いですが、今ここにある幸せを大切にしていきましょう。
改めて「回転木馬のデッド・ヒート」は面白いので、なんか最近人生に疲れ気味の方はぜひ読んでみてチョンマゲ。
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