キノコ新聞

東京で貿易とWebメディア運営の会社を経営しています。独立してゆるく生きるコツ・人生のお悩み解決法・エモいレビュー(本・映画・音楽)を発信しています。水風呂、ビートルズ、重めの赤ワインが好きです。正直なところ吉高由里子も好きです。最近小説も書いてます。

レビュー 人生のお悩み解決法

「死」とは何か? なぜ「自殺」は悪いのか? 「魂」はあるのか?

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こんにちは。キノコ社長です。東京で貿易とWebメディアの会社を経営しています。

 

「死」とは何か? なぜ「自殺」は悪いのか? 「魂」はあるのか?

 

いやいきなり暗い暗いw

 

まあでもたまにそういうこと考えたりしませんか?

 

なぜかこの世に生まれてきたけど、いつか死ぬんだよな~とか。

 

15歳から39歳までの死因第1位は自殺で、悪いことのように言われてるけど、果たして本当に悪いのかな~とか。

 

前世や来世ってあるのかな。つまり魂ってあるのかな~とか。

 

そんな悩みを持っている方は、ぜひ、「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義を読んでほしいです。

 

「死」とは何か? イェール大学で23年連続の人気講義 / 原タイトル:DEATH[本/雑誌] / シェリー・ケーガン/著 柴田裕之/訳

 

魂など無く、自殺は時と場合によっては良い

 

私は魂が存在しないことをみなさんに納得してもらおうとする。不死は良いものではないことを納得してもらおうと試みる。そして、死を恐れるのは、じつは死に対する適切な反応ではないことや、死は特別謎めいてはいないこと、自殺は特定の状況下では合理的にも道徳的にも正当化しうるかもしれないことも。

 

魂など無く、自殺は時と場合によっては良いというのが、著者シェリー・ケーガンさんの主張です。

 

彼の主張では、人間は機械です。つまり電池が切れたら死にます。以上。

 

魂など存在しない。私たちは機械にすぎない。もちろん、ただのありきたりの機械ではない。私たちは驚くべき機械だ。愛したり、夢を抱いたり、創造したりする能力があり、計画を立ててそれを他者と共有できる機械だ。私たちは人格を持った人間だ。だが、それでも機械にすぎない。そして機械は壊れてしまえばもうおしまいだ。死は私たちには理解しえない大きな謎ではない。つまるところ死は、電灯やコンピューターが壊れうるとか、どの機械もいつかは動かなくなるといったことと比べて、特別に不思議なわけではない。

 

スッキリしてますね。僕もそう思います。

 

世界仰天ニュースとかネットとかで、「前世を完璧に覚えている少女!」みたいなのをよく見ますが、いやいやいやwと思ってしまいます。

 

「前世を完璧に覚えている少女!」は、勘違いか、悪い大人に利用されているか、精神に異常があるんじゃないかと思ってしまいます。

 

前世のカルマだとか来世に期待とかで救われる人が一定数いるのは分かるので、魂を信じたくなる気持ちは分からなくもないですが、まあ死んだら終わりでしょうね。それこそ死なないと分かりませんがw

 

というわけで、魂については無いと結論付けます。


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次に自殺について。著者はこう言っています。

 

合理的に言って自殺が理にかなうだろうケースがあると思う。少なくとも、本人が明晰に考えていて、自分の状況を客観的に評価することができ、その結果、生き続けたら送ることになる人生を正しく見積もれることを前提にしている以上、自殺は理にかなっている。

 

客観的に見て自殺した方がいいケースとは何なのか、哲学者らしく超長い解説があるんですが、めっちゃシンプルに言うと、「これ以上生きていても、マイナスしかない」と結論付けられるケースです。

 

その判断をする本人がまともな精神状態で、かつ自殺したい原因が人生にマイナスをもたらすことが明白であれば、まあ自殺してもいいだろうと。

 

しかし、多くの人が取り返しのつかない勘違いをしてしまうと著者は続けます。

 

きっと、多くの自殺のケースがこの種の間違いに由来するのだろう。恋人にふられた。仕事を失った。ロースクールに入学できなかった。事故に遭い、残りの人生を車椅子で過ごさなければならない。険悪な離婚を経験した。そこで以前の人生と比べたり、夢見ていた人生と比べたり、周りの人の人生と比べたりし、今の人生は生きる価値がないと思い込む。だが、事実はそうではないことがよくある。期待していた人生ほど生きる価値がなかったとしても、やはり存在しないよりは良いのだ。

 

これはすごくいい解説だなと思いますね。特に恵まれた環境にある人ほど、一度の挫折でのダメージが大きい気がします。でもほとんどの場合、「期待していた人生ほど生きる価値がなかったとしても、やはり存在しないよりは良いのだ。」ということなんですよね。

 

不幸を売りにしたくなかったので、それについて書いた記事は全て消してしまったんですが、実は僕も2年前に人生最大の挫折を経験しました。

 

どういう挫折かと言うと、耳鳴りの手術をして大きな音が響く後遺症が残ってしまったんですよね。

 

しかもその手術をしなきゃ死んでたとかだったらまだ受け入れられますが、たかが耳鳴りですからねw

 

今だから「たかが耳鳴りですからねw」とか余裕かましてますが、当時はマジでキツかったです。

 

何せ大きな音が響くので…

 

・一生居酒屋に行けない

・一生ライブに行けない

・一生ガハハとバカ騒ぎ出来ない

・一生声を張って自信を持った話し方ができない

・一生カラオケに行けない

・いつか子供ができたら、泣き声に耐えられない

・いつか子供ができたら、笑い声でさえ辛いかも

 

なんてことを思い、絶望に打ちひしがれ、25階のマンションからガチで飛び降りようかと考えたこともあります。

 

でも時は経ち、居酒屋にもライブにもカラオケにも余裕で行けるようになり、子供とも毎日楽しく遊んでいます。

 

耳が治ったのか、脳が慣れたのか、時が解決したのか分かりませんが、今となっては当時の絶望は一体何だったんだろうという感じです。

 

まあもちろん、手術しなければさらに良かったのかもしれませんが、そんなことは手術する前には分かりませんからね。

 

僕の大好きな苫米地英人氏もよく言っていますが、「現在は最高の選択の組み合わせ、つまり現在がベスト」ですからね。なにせ当時はそれが一番良いと思って選択しているわけですから。

 

「嫌な気持ち」や「忘れたい記憶」を科学的に消し去る2つの方法

 

 

というわけで僕自身の例が長くなりましたが、その後遺症がピークだった瞬間に「終わった~死ぬしかねぇ~」ってな感じで電車に飛び込んでたら、今「居酒屋にもライブにもカラオケにも余裕で行けるし、子供とも毎日楽しく遊べるやん?」ってなってませんからね。なにせ死んでるわけですからw

 

ここはとても大事なところなので、もう一回繰り返します。

 

きっと、多くの自殺のケースがこの種の間違いに由来するのだろう。恋人にふられた。仕事を失った。ロースクールに入学できなかった。事故に遭い、残りの人生を車椅子で過ごさなければならない。険悪な離婚を経験した。そこで以前の人生と比べたり、夢見ていた人生と比べたり、周りの人の人生と比べたりし、今の人生は生きる価値がないと思い込む。だが、事実はそうではないことがよくある。期待していた人生ほど生きる価値がなかったとしても、やはり存在しないよりは良いのだ。

 

というわけで、充実した「生」を感じるために、死について深く考えてみたい人はぜひ、「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義を読んでみてチョンマゲ。

 

「死」とは何か? イェール大学で23年連続の人気講義 / 原タイトル:DEATH[本/雑誌] / シェリー・ケーガン/著 柴田裕之/訳


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